ノイズを大事に

以前、ある会で「言われてイヤな言葉」を出し合ったことがあって、そのとき、思い浮かんだ言葉のひとつは「サヨク」だった。何か社会の問題を考えて話をしているとき、「サヨク」という言葉で片づけられてしまうことがある。自分が「サヨク」であることを否定したいわけではないが、その人のなかにある「サヨク」というイメージ、もっと言えば偏見で片づけられたくない。「プロ市民」という言葉も同じだが、それらの言葉は、問題提起についての反論ではなく、問題提起そのものを排除してしまうし、その人を存在ごと排除してしまうように思う。なぜなら、いったん貼りつけられたイメージは、その人を排除する記号となって、その人が何を言っても、その内容は聞かれることなく、壁を立てられてしまうようになるからだ。

それは差別の問題において、常に起きていることだろう。あるカテゴリーにある人たちを「私たち」とは異質な存在として、排除する。排除した相手の言うことは聞かないし、どんな攻撃をしてもよいことにしてしまう。あるいは逆に、腫れものにふれるように、アンタッチャブルな存在としてしまう。とくに社会不安が大きくなっているときは、その傾向は強まってしまう。いま、新型コロナウィルスへの不安のなかで、さまざまな差別や排除が起きているように思う。

しかし、ここで考えたいのは、そうした差別や排除の問題は、特定のカテゴリーにある人たちに対するものだけではなく、常に私たちの足下にあるものだということだ。「サヨク」の場合もそうだが、自分にとって目ざわりなこと、あるいは耳の痛いことを言う人のことは、排除してしまいがちだ。「あの人は○○だから」と思えば、その意見は聞かなくてすんでしまう。それが個人対個人であればまだしも、集団となるとタチが悪い。その集団におけるマジョリティにとって目ざわりなことは、排除されてしまう。そして、その排除は正当化される。それは、それこそ「サヨク」組織のなかでも、くりかえされてきたことだろう。


●「狂信」と排除

かつて、鶴見俊輔は、こんなことを言っていた。

社会批判の運動は、しばしば、というよりも、ほとんどいつも、自分たちの運動そのものの絶対化を前提としている。そこから、社会批判の運動には、それが科学を看板にかかげている場合にも、狂信性がつきまとい、しかも、みずからの狂信性に眼をむけようとする意志をもたない。自分たちの考え方は狂信ではないとはじめに措定することによって、狂信性の探索と認識とを、あらかじめ原理的に排除している。(『鶴見俊輔集〈9〉方法としてのアナキズム』筑摩書房1991)

この部分をTwitterで紹介したところ、思いのほか反応が多かったのだが、こういうことを言われて、「そんなことはない」とキレてしまう人や団体は危ないと思うし、「そうそう、だからアイツらは」と溜飲を下げている人も、あやういように思う。大事なのは、自身も「自分は正しいと思い込んで狂信的になっていないか」と自問することではないだろうか。

私自身はと言えば、社会批判をしているひとりとして、常に自分の足下を問うことが必要だと思っているが、でも、どうしても自分には甘くなってしまうので、他者からの批判はありがたいと思っている(不本意な批判もたくさんあるが、それも含めて)。自分にとって目ざわりなこと、耳の痛いことを排除してしまえば、それは「狂信」になってしまう。その「狂信」は、差別や排除を合理化してしまい、エスカレートしていく。だから私は、「自分は正しい」と思うことは、怖いことだと思っている。


●ウチ/ソトと同調圧力

「私たち」の外に人を排除することの問題は、常に、どこにでもある(くり返すが、自分はそんなことはないと思う人は危ない)。とくに日本はウチ/ソト意識が強いので、いったん「ソト」と見なした人には、ものすごくつめたい。だから、「ソト」に追いやられないように、「ウチ」の内部には強い同調圧力が働く。それゆえ、排除がおかしいと感じても、黙認するか傍観するほかない。いじめが、往々にして深刻な事態となるのは、こうした構図によるものだろう。

それを緩和するには、日ごろからノイズを大事にすることが必要なのだと思う。「ウチ」のノリや空気を乱すノイズ。「ウチ」の意識を発生させないということは難しいだろうし、「ウチ」の意識は、安心感や居場所感にもつながっているように思う。しかし、その安心感や居場所感こそが、排除を生み出すものでもある。それは、あってはならないことというよりは、どうしても発生してしまうものとして、完全に解決することは無理でも、ノイズを大事にして、緩和させることが必要なのだと思う。

自分の足下で、日ごろから、そうした場を培っていくことが、差別や排除に抗していく足場となっていくのではないか。そんなふうに思う。しかし、こんなことを言っても、しょせん「サヨク」のぼやきでしょうか?



いまどき、テレビもノイズがないですね……。

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