書評:野崎泰伸『「できなさ」からの倫理学』

 「日に日に世界が悪くなる」ので、気が滅入るこのごろだが、あきらめずに、日々の人とのかかわりを大事に生きていこうと思える本だった。












野崎泰伸さんは、「生の無条件肯定」をテーマに倫理のあり方を考えてこられた方だ。倫理というと小難しく感じるかもしれないのは、それが抽象的なものだからだろう。しかし、「日に日に世界が悪くなる」なかで、目先の利益や勝ち負けなどに振りまわされるのではなく、現実を根本から問う軸のようなもの、それが倫理なのだろうと思う。しかも、野崎さんの場合、その倫理を自分自身の経験、自分の身体(野崎さんは脳性まひの当事者でもある)、まわりの人との関係など「現場から立ち上がる問い」として、ずっと考えてこられている。そして、「できなさ」から立ち上がってくる倫理学が本書だ。

たとえば、豊かさについて、野崎さんは次のように問う。

「豊かさ」とは本当に「できること」や「もっていること」で測られるものなのでしょうか? この問いの立て直しこそが、わたしたちが障害という経験から学びうる最も根本的なことのひとつだと思います。
 むしろ、「できなさ」を抱え、他者に「依存」をしながら生きているからこそ見えてくる「もうひとつの豊かさ」があるのではないでしょうか。たとえば、支え合いの関係性のなかで生まれる信頼や連帯感、誰かと過ごす日常の時間に含まれる意味や感情の豊かさ。あるいは、社会の制度やルールにうまく「適応」できないがゆえに、逆に社会のあり方そのものに対する鋭い批評の目をもてることなどがそうです。それらは、物質的でもなく、能力主義的でもなく、しかし確実に人の生を豊かにする価値です。

自分のことを考えてみると、私は、仕事などはわりとテキパキできるほうだったように思う。ただ、活動としては、テキパキできない人たちと、ともに場をつくり、考え合うことを続けてきた。なので、場として大事にしたいのは、野崎さんが言うような豊かさであるものの、ほんとうに自分が「できなさ」を体感的にわかっているかと言えば、わからないところもあった。

ところが最近は、「ポカ」をすることが増えた。歩いていて、ふとした段差でこけて、指を剥離骨折したり、交通ICカードを何度も落としたり、実はこの本も、大事に読んでいたのに、お昼ご飯を食べたお店に忘れてしまって、数日後に取りに行ったりもした。つい先日は、数日のあいだに2回も、こたつぶとんに盛大にお茶をこぼしてしまって、カバーを洗濯機に放り込んで、染みのついたふとんを干しながら、昭和のマンガに出てくるような、おねしょして怒られる少年の気分だった。「ポカ」をするたびに、よけいなコストがかかるので、残念無念な思いもある一方、人ができないことに対して、あまりイライラしなくなってきた。「できなさ」を頭で理解するというより、以前よりは体感でわかるようになってきたように思う。そうすると、自分の寛容度が増え、人とのかかわりがやわらかくなる。そんな気がする。

世間一般の風潮としては、個人が閉じて、消費できることばかりが「豊かさ」になっていて、その一方で、自分に生産性がなくなれば価値がなくなって見放されるという恐怖感があるのではないだろうか。かかわりに支えられているという安心感がないがゆえに、強い力に頼ろうとする傾向が強まっているように思う。それは分断や排外主義をもたらし、「日に日に世界が悪くなる」という実感にもなっている。だからこそ、「できなさ」からの倫理学が重要なのだと思う。「できなさ」こそが、個人を関係にひらいていく。

「共生」だとか「インクルージョン〈包摂〉」という言葉は、言葉としてはあふれている。しかし、現実問題としては、ますます社会は分断と孤立を深めている。そうしたなか、きれいごととしてではなく、ほんとうに人が「他者」と「共にある」とは、どういうことなのか。本書にあるのは、そういう問いだ。そして、その問いを共に考え、揺れ続けていくことにこそ、希望を見いだしている。このギスギスとした社会で「できなさ」を抱えた人たちが、分断させられ、孤立させられ、自己否定に追い込まれているなかで、「できなさ」からこそ、問いを共有し、考え合い、この社会のあり方をも問うていく。力不足ながら、私自身も、そうした営みを続けていきたいと思う。

深く共感しつつも、本書を読んで、私のなかに残った問いをひとつ。

人との関係において、加害・被害の関係が生じてしまったとき、たんに加害者を断罪したり排除したりするだけではなく、関係している人たちが、現実をきちんと受けとめつつ、どのように問いを共有していくことができるのか。考え続けていくことができるのか。実際問題としては、なかなか難しく、簡単な答えはないが、あきらめずに問いを持ち続けていきたい。

なお、2年前に私も共著で書かせていただいた『10代に届けたい5つの“授業”』において、野崎さんは、相模原事件をテーマに、死刑の問題にも踏み込んで書かれている。また、「なるにわ」でインタビューした記事も下記にアップしている。関心のある方は、あわせてお読みいただければと思う。

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